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» 患者理解のための心理学用語
基礎用語から医療関連用語まで日常の看護場面で出会う事例を通して解説!
97年11月臨時増刊号
定価:1,300円 (税込)
第1章
心理的メカニズムに関する用語
●心のしくみ
その1
その2
その3
●心の発達心理
その1
その2
その3
●妊娠と出産をめぐる心理
その1
その2
その3
●アイデンティティ
その1
その2
●ナルシシズム
その1
その2
●対象喪失と障害受容
その1
その2
その3
●老人の心理
その1
その2
第2章
心理療法的アプローチに関する用語
●治療関係
その1
その2
その3
その4
その5
その6
●治療構造
その1
その2
その3
●治療的介入
その1
その2
その3
●関係の終結
その1
その2
その3
その4
●心理教育
その1
その2
●ストレスとコーピング
その1
その2
その3
第3章
家族・集団心理に関する用語
●家族の心理
その1
その2
その3
その4
vol.01
vol.02
老人患者の心理について考えることは、その中に健康な老人の心理の特徴が拡大増幅して現れることから、結局は一般の老人の心理につながるものと考えられます。
ここではまず老人患者の死を予期した心理過程について、人形現象という用語をとり上げることで触れたいと思います。
次に老いそのものを否認することから心身の不調を訴える一群の老人患者がいますが、そこに認められる神経症的傾向をもつ精神力動を、老いの受容障害という用語を用いて説明します。
人形現象【doll signs】
定義
老年期痴呆の患者が人形を抱いたり、背負ったりしながら話しかけたり、叱ったりする、また人形の口に食事を突っ込んだり、 あやしながら添い寝をするといった人形に対する特異な態度のこと。
老人も身体機能、身近な人の死と、種々の現実の対象を喪失して老いと死へ向かう過程で移行対象(「心の発達心理その2」
参照)が必要になってきます。かつて乳児のときに、母親への依存から独立に際して、別離という対象喪失(「対象喪失と障害受容」
参照)を乗り越えていく過程で、母親と共有しあったぬいぐるみ、玩具が移行対象となったように、老人となった今、人形が再び移行対象の役割を果たしていると考えられます。
人間にとって喪失体験のうち最も代表的なものは自己の死を予期する体験です。ここでは老人が病にかかり死を身近に意識するときの心理を、人形現象という用語を説明することで理解を深めていきたいと思います。
老人がわが子のように世話をする人形は本来は物体であり、その意味では失う恐れのない不死の存在です。この物的な対象について人間的な対象に対するのと同様の愛着や欲望を向け、食事を実際にスプーンで与えようとしたり、“食べてしまいたいほどかわいい”対象を実際に噛んでみたりする例を以下にみていきたいと思います。
Aさんは78歳の女性です。民生委員の仕事をしていましたが、それをやめた76歳ごろから食器を洗濯機で洗おうとしたり、徘徊も激しくなり、家での介護が困難になり痴呆老人病棟に入院となりました。
頭部CT所見で脳の萎縮が認められ痴呆スケールでも痴呆が確認されたケースです。
主治医が訪室すると、人なつこくしきりに話しかけてきましたが内容に全然まとまりがありませんでした。
ひょんなことからナースが手渡したままごと人形に名前をつけかわいがりはじめました。食物をスプーンで与えたり、人形を抱いてあやしながら、人形からの返答をあてにすることなく一方的に語り続け、「この子はしゃべらないんだよ」と屈託なく言ったりします。
このことは、人形は人間のようにしゃべってはならないということが、この患者さんと人形の関係を成立させる暗黙の了解事項であることを示しているのかもしれません。
人形はAさんにとって、なぜ生きてはならないのでしょうか? それは、生きている人形はいずれ死ぬことを意味して、いたずらに患者さん自身の死の不安や恐怖を増大させることになるのかもしれません。
このように考えていくと、幼児のままごと遊びになぞらえることもできるとした人形遊びも、人形が存在する根源的な意味は、幼児の場合と老人の場合とでは大きく異なるのかもしれません。
Aさんにとって人形は人間に似ていて、生きているように見えなければなりません。しかし、生命をもつことは死ぬことを意味するため、生きていてはならないのです。
一般に老人の入院患者さんの場合、同じ病室の共同生活者が次々と死亡し、自分もあきらめの心境でいる状態が必ずしも否定できず、環境そのものが健康な心理を損なっている場合も考えられるわけです。
一方Aさんは、人形を世話することで日常生活での親の役割を再現していると同時に自分の意のままになる人形を通じて、本来の人間関係の回復を目指していると考えることもできます。
ここで説明した人形現象という用語は、正確には認知障害に属するものとして「痴呆」の節に入れるべきかもしれません。しかしあえて老人患者さんの心理の節に入れることによって、この現代で失われつつある、対象喪失に対する悲哀をもって共感する心の大切さを強調しました。
※本誌発行時の表記をそのまま使用しています。
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