Dさんにとって「父親と男の子」との関係は、葛藤と恐怖に満ちたものでした。自分の子どもが女の子でなく男の子であるとわかったとき、Dさんにはそれまで抑圧、否認してきた父親との葛藤がよみがえり、転移対象である子どもに「憎しみに満ちた自己」が投影されたのでしょう。そして、父親である自分と憎しみを向ける男の子との間で、相互破壊的な闘いが生じることを避けるために、接近を回避していたものと考えられます。
通常の治療と並行して家族療法を定期的に行いました。ここでの治療目的は、(1)マネージメントされた場での、父子の交流を促進すること(2)転移対象である子どもへの投影を解除すること(3)背後にある患者さんの父親表象や子ども表象をめぐる葛藤を認識できるよう、援助することです。
このようなアプローチの中で、Dさんは、自分の父親は「酒を飲んではくだをまく、強圧的で粗野な中小企業の父親」であり、憎しみや軽蔑の気持ちはあっても、愛情や親しみを感じたことは一度もない、と語りました。
一方、後になってDさんは、小さいころは海水浴に連れていってもらったり、父親とのいい思い出があるはずなのにどうしても思い出せない、ともいいました。
ここでは、不十分ながら、憎しみや軽蔑の気持ちが以前のように否認されることなく、自分のもつ感情として語られています。それに従って、突然に恐怖感が襲ってくることがなくなり、記憶の欠落、つまりあったはずのものがない、という感覚が出てきています。
つまり、自分の中の怒りや憎しみや不満に圧倒されることなく、それらの感情を体験する準備ができはじめていると考えられます。
そして、自分の子どもとの関係では、「かわいいと少しは思えるようになった」「私と父親とは別だから」といい、本も読んでやったり、ぎこちないながらも手をつないで歩いたりするようになりました。このような変化が現れた時点で、子どもが言葉をわかるようになったこともあり、家族の設定からDさんとの個人精神療法に移行することにしました。
妊娠中や出産後には多くの人が抑うつや不安、さらに精神障害を生じます。それらは、親になることをめぐる不安や葛藤に関係しています。 親になっていくプロセスでは、内的な母親表象、父親表象および赤ちゃん表象がどのようにとり入れられ、統合されるかが鍵となっています。
最後に、親-乳幼児治療の実際例を提示しました。治療によって父親が変化すると、父子関係が改善し、ひいては子どもの人格発達にいい効果を与えることになります。