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基礎用語から医療関連用語まで日常の看護場面で出会う事例を通して解説!
97年11月臨時増刊号
定価:1,300円 (税込)
第1章
心理的メカニズムに関する用語

●心のしくみ
 その1 その2 その3
●心の発達心理
 その1 その2 その3
●妊娠と出産をめぐる心理
 その1 その2 その3
●アイデンティティ

 その1 その2 
●ナルシシズム

 その1 その2
●対象喪失と障害受容

 その1 その2 その3
●老人の心理

 その1 その2

第2章
心理療法的アプローチに関する用語

●治療関係

 その1 その2 その3
 その4 その5 その6
●治療構造

 その1 その2 その3
●治療的介入
 その1 その2 その3
●関係の終結
 その1 その2 その3
 その4
●心理教育
 その1 その2
●ストレスとコーピング
 その1 その2 その3

第3章
家族・集団心理に関する用語

●家族の心理
 その1 その2 その3
 その4  
心理学用語

 妊娠・出産はだれにでも生じ得るライフ・イベントです。ここには、赤ちゃんを望み、迎え、喜びと達成感の中で母親としての新たな役割を担っていく、という光の側面とともに、影の側面が存在します。すなわちこの時期には抑うつや不安、混乱などの精神変調が生じやすいのです。また、育児困難や児童虐待、極端な場合には子ども殺しなどの問題につながっていくこともあります。これが影の側面です。この節では、これらの問題を理解するうえで役に立つ用語を解説します。

クバード症候群【couvade syndrome】
定義
 妊娠・出産に関連して男性に生じる身体的および精神的な変調、症状をいう。
症状は通常、子どもの出産とともに改善する。

  「クバード」とは未開社会での擬娩(男性が妊娠や出産を模する)の風習をいいます。男性に生じる妊娠・出産の影響について、この文化人類学の言葉を借りてクバード症候群と名づけられています。古くから、女性のみならず男性においても種々の問題や障害が生じてくることが注目されていたのです。男性の症状には、種々の身体症状や自律神経症状、不安や抑うつなどの精神症状などがみられます。
 さて、クバード症候群は軽症で一過性のものを指しますが、より重篤な障害が一過性に終わらず、持続する場合があります。男性においても女性と同じく、妊娠・出産をきっかけとして、父親になること、その役割をとることをめぐる葛藤が再活性化されます。そして父親の心の中の父親表象をめぐるさまざまな葛藤や不安が強くなるのです。
 出産をきっかけに精神障害を呈した父親の治療を、以下に述べます。

親-乳幼児精神療法【parents-infant psychotherapy】

定義
 乳幼児や親に表われる問題を、親子の関係性の障害として理解しアプローチする治療法。直接には親の内面を取り扱うが、問題の明確化を促進する目的で、乳幼児同席の形をとることがある。

Case study 
 Dさんは33歳のエンジニアです。抑うつ気分、集中力低下、恐怖感、出社困難を主訴として受診しました。職場の異動がきっかけで適応できなくなった、とDさんはいいます。
それまで自分の裁量でできていたことができなくなったこと、新しい上司と合わず、ぶつかってしまいそうになることなどの不満をもっていました。
 一方、家族状況を尋ねてみると、次のようなことがわかりました。職場の異動と同時期に第一子の出産があったこと、Dさんはなぜか「赤ちゃんは女の子だ」と決めつけて確信していて、女の子の名前しか考えていなかったこと、ところが実際に生まれたのは男の子で、それがわかった瞬間、Dさんは大変なショックを感じ、ホラー映画に出てくる、「悪魔の男の子」を連想し、数日間頭を離れなかった、とのことでした。
 そこで家族療法を設定し、その場で生じる相互関係をみることにしました。Dさんは、「この子は私になつかないんです」「だからかわいいと思えない」とDさんの感じる父子関係での問題に初めてふれました。しかし、みるところ子どもはDさんと母親の間をかなり自由に行き来し、ときには父親に話しかけたり遊びに誘おうとしたりします。むしろ父親のほうが緊張し、手を差し伸べないようにみえました。母親はこのことについて「この子はお父さんが大好きなんですよ」と述べましたが、Dさんは何も答えませんでした。

 Dさんにとって「父親と男の子」との関係は、葛藤と恐怖に満ちたものでした。自分の子どもが女の子でなく男の子であるとわかったとき、Dさんにはそれまで抑圧、否認してきた父親との葛藤がよみがえり、転移対象である子どもに「憎しみに満ちた自己」が投影されたのでしょう。そして、父親である自分と憎しみを向ける男の子との間で、相互破壊的な闘いが生じることを避けるために、接近を回避していたものと考えられます。
 通常の治療と並行して家族療法を定期的に行いました。ここでの治療目的は、(1)マネージメントされた場での、父子の交流を促進すること(2)転移対象である子どもへの投影を解除すること(3)背後にある患者さんの父親表象や子ども表象をめぐる葛藤を認識できるよう、援助することです。
 このようなアプローチの中で、Dさんは、自分の父親は「酒を飲んではくだをまく、強圧的で粗野な中小企業の父親」であり、憎しみや軽蔑の気持ちはあっても、愛情や親しみを感じたことは一度もない、と語りました。
一方、後になってDさんは、小さいころは海水浴に連れていってもらったり、父親とのいい思い出があるはずなのにどうしても思い出せない、ともいいました。
 ここでは、不十分ながら、憎しみや軽蔑の気持ちが以前のように否認されることなく、自分のもつ感情として語られています。それに従って、突然に恐怖感が襲ってくることがなくなり、記憶の欠落、つまりあったはずのものがない、という感覚が出てきています。
つまり、自分の中の怒りや憎しみや不満に圧倒されることなく、それらの感情を体験する準備ができはじめていると考えられます。
 そして、自分の子どもとの関係では、「かわいいと少しは思えるようになった」「私と父親とは別だから」といい、本も読んでやったり、ぎこちないながらも手をつないで歩いたりするようになりました。このような変化が現れた時点で、子どもが言葉をわかるようになったこともあり、家族の設定からDさんとの個人精神療法に移行することにしました。

  妊娠中や出産後には多くの人が抑うつや不安、さらに精神障害を生じます。それらは、親になることをめぐる不安や葛藤に関係しています。 親になっていくプロセスでは、内的な母親表象、父親表象および赤ちゃん表象がどのようにとり入れられ、統合されるかが鍵となっています。
 最後に、親-乳幼児治療の実際例を提示しました。治療によって父親が変化すると、父子関係が改善し、ひいては子どもの人格発達にいい効果を与えることになります。

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