
Aさんは30代の独身女性で内科医でした。Aさんはやはり医師の両親に育てられましたが、父親はAさんが10歳のときにくも膜下出血で亡くなっています。その後、母親はやはり内科医と再婚しました。Aさんの主訴は頭痛、めまい、嘔気でした。
父親がくも膜下出血で亡くなっているため、Aさんは脳外科での入院を希望しました。しかし、特に検査では出血は認められず内科での入院となりました。内科での検査でも特に異常所見は認められず精神的な症状ではないかと診断されました。そのため精神科に本人が相談にみえました。
Aさんはこの症状が父親と同じ症状であり、父親と同じ病気になることが不安でこのような症状が出たのではないだろうか、と思ったそうです。精神科の知識もあるので、ある程度自分でその症状を考えてみたとも話されました。さらに、この症状が出るようになったきっかけについて尋ねると、もしかすると、同僚の医師との結婚話が出てから始まったように思うと話されました。
しかし、結婚するのは嫌じゃないのにどうしてそういう症状が出たのかわからないと話されました。さらに話を聞いていくと、以前にも他の病院の医師との縁談があり、どいちうらも気に入って話が進んでいたが、勤務する病院を替えなければならないのがネックになりその話は断った、ということを話されました。
ここまでを解説しますと、以上の話はAさんが考えて話された内容ですので、意識しているものと前意識のものが交じって話されていると思われます。
さらに、Aさんに対して「父親が亡くなった後、母親が再婚しているがそれはどう感じたんでしょうか」と尋ねますと「母親もまだ若かったのでよかったのではないかと思う」と話されたあと、ひと呼吸おいて、「でも、父と同じ医師と結婚しなくてもよかったのにな」とぽつりと話されました。その後、本人の希望もあり定期的に精神療法が行われ、さらに両親と自分の関係、自分の結婚に対する気持ちが話されました。 |
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以上の説明を読まれてだいたい予測がついたかと思いますが、Aさんは知らず知らずのうちに結婚を避けているようでした。そして、結婚を避けようとする理由も自分では「まったく意識できない領域」での葛藤でした。これらの葛藤は父親を亡くした悲しみや、母親の再婚に対する恨みや、それでも母親と同じ人生を選び医師と結婚しようと考えている自分への腹立たしさ、などさまざまだと推測できます。つまり、これらの無意識の領域での葛藤が父親の症状をもつ、という形で表面に影響を及ぼしたわけです。
ところで、この無意識の葛藤をAさんが自分で理解できるようになるには長い治療を必要とします。それは、私たちはだれでも「抑圧」という方法で自分の悲しみや苦痛に満ちた記憶や憎しみ、さらには自分を圧倒してしまうほどの性的な葛藤などをこの無意識の領域の中に閉じ込めておくわけです。この「抑圧」に費やすためのエネルギーは大変なものなのです。ですから、簡単に意識できるとうものではないのです。
しかし、人の心は常にバランスをとろうとします。そのため、このような無意識の領域に押さえ込まれているものは、常に意識にのぼってこようとします。しかし、無制限にそんなことが起きると大変なことになります。つまり、思い出さなくてもいいような過去の悲しみや、苦しみ、耐えられないほどの怒りや、性的な葛藤が常に意識されてしまう状態になると健康な精神状態を維持できなくなってしまいます。そのため、無意識の領域にあるものと「抑圧」との闘いが常に行われています。しかし、過度に「抑圧」が勝ってしまうと無意識の領域の葛藤は行き場を失い、その結果「神経症」としての症状に形を変えて出現してしまうわけです。 |